今年もそろそろ日本でも、春の季節の訪れを間近に感じられるようになってきましたね。🌺
これまで気温低下で縮こまっていた身体にとって春の心地よい気温の中に包まれ始めると、私たちを形作っている細胞もストレスから解放されその能力をいかんなく発揮してくれるようになります。💪
そしてその効果は人間たる私たちをコントロールしている特殊な脳にとって、最も活性化を促してくれる絶好の状況でもあるということに他ならないと思うんです。🧠
それは今あなた自身が生活している社会環境のはざまで、どのように時間を使っていくべきかについて無意識に生きる目標を振り返り、その先々を見据えながら更なる技能向上に努めたり、また内面から湧き上がる憧れや欲情への執着度を深めたりなど、他の動生物ではあり得ないほどに高度な情報をフル活用させているのは言うまでもないですよね。🔥
とは言え、地球上に存在している私たち人類にも他の動生物と同じく、遺伝子による性の分化が施されていることは事実ですし、生物学的な雄であることを男性(male)として雌であることを女性(female)として定義(または属性化)されています。⚧️
ただ人類には人間社会という特別な環境が存在し、その社会環境下においての性の定義(または属性化)があることも事実で、それをジェンダーつまり社会的・文化的な男性(man)・女性(woman)と呼称しているのが現実の約束事です。👧👦
ではなぜ人類にだけこのような複雑な性別があるのでしょうか。。。
例えば植物には雄しべや雌しべという独特な表現があるように、人類にも雄人や雌人(人名ではありません)のような性区分だけあればいいはずだったのではと思うのはそもそも当然のことです。🌾
このジェンダーという概念が最初に提唱されたのは20世紀後半のことで、1968年にはアメリカUCLA医学部の心理学者ロバート・ストーラー氏により、人間の生物学的性別と内面(心)の性別は別物であるという説が公表されました。🗽
また1972年にはイギリスの社会学者アン・オークリー女史の研究により、ジェンダーの社会的存在に焦点を当て人間の性の役割は文化によってつくられることが明言されました。🎓
これらの提言が生まれた頃から世界的に"単なる雄雌の区分では人間を説明しきれない"風潮が高まり、社会的に権威のある学術界において議論が本格化するようになったそうです。🧐
そして1980年代後半に入るとこれまで性のらしさを助長していた日本でさえも、巷で男性的な風貌の女性を普通に目にすることが多くなってきたり、テレビメディアでもニューハーフや女装子など女性的な容姿の男性が取り沙汰されるようになってきたのはご存じの通りです。🥰
これは「性の多様性」という文化のはしり(●●●)が初めてこの日本に芽吹いたことを意味するもので、同じ日本人として自分の中に芽生えた意外な一面に翻弄された人がいる一方で、まさに常軌を逸したかのような状況に映った人の数決して少なくなかったと思います。😧
それもそのはず、この時にはまだ日本でこれまで異端とされてきた性のらしさへの反抗が、世界の潮流の中で突如として意外性という形で持ち込まれただけで、その以前から同性愛をホモやレズと称し蔑(さげす)まれてきたことに加え、トランスジェンダーでさえ単なる表面的な性転換願望者として捉え、別世界の異人扱いされてきた経緯もあったようですから。💔
もちろんこうした少数性愛者(性的マイノリティー)に対して異端視する多くのマジョリティーこそ、自然の摂理の中で授かった性ホルモンの意のままに生きられる雄雌本来の姿であり、それが人類の永遠の存続になくてはならない生殖に起因することは言うまでもありません。👪
ただ私たち現代人は野生動物のようにただ野山を駆け回っているのではなく、人間社会という創られた囲いの中で決められたルールに基づき生活していることと、異性愛という固定観念を越えてその社会の中で同じ時間を共に生きる一人の人間として育まれる愛、そして何より自身の純粋な想いと全身全霊を込めて相手を信じようとする、人類だけが持つ独特な人知能力の存在を理解する必要があるのかもしれません。😞
ここで肝心なのはマジョリティーやマイノリティーを問わず、常に相手に対して自身の純粋かつ率直な発情を促されることに変わりはなく、単にその対象が生物学的な同性か異性かに過ぎないのではということです。😍
またトランスジェンダーにおいても、人間社会の中で異性として生きていく強固な意志に目覚め、そのために自身の身体を痛めつけてでも周囲に違和感を持たれないようにという健気(けなげ)な配慮と、それにより短命を余儀なくされることを承知の上で常に自分自身と向き合い生き続けていくという世界は、他の多くのマジョリティーには到底理解し難いがため常軌を逸したかのように思えるだけなのではということです。😓
いずれにしても今この現代において私たちができることは、ただあからさまに「性の多様性」を声高々に唱えることではなく、マイノリティー当事者は自分らしさを信じ続けてマジョリティーの中に溶け込むための配慮を欠かさず、一方のマジョリティー側も当事者を興味本位で口外したり無秩序に非難することなく、少しずつでもその存在を同じ人間として受け入れようとする意識を持つことかもしれません。🤗
そうしている間にもこの特殊な脳についての学術的研究が日進月歩で進みながら、近い将来には白日の下に人類ゆえの"正当な真実"として公認される時が来るだけでなく、それらに関する法整備やシステム改修も一気に加速していくようになると思うんです。😉
でももしかするとこの日を待たずして、すでに旧来の人智を越え新たな慣習が根付いた社会に変わっているかもしれませんけどね。。。
その時期がいつ来るのかは、一にも二にも私たちの人として(●●●●)の今後の動向次第です。。。