人間社会の中で生活していると、避けて通れないのが「自分善(よ)がり」な人ですよね。😔
そもそも「自分善がり」という言葉の意味を漠然と捉えている人がほとんどで、"自分は良心的な性格でこのような言葉には当てはまらない"と高をくくっている人もまた数多いと思うんです。😤
自分善がりと聞いただけであまりいい印象は持つことは難しいかもしれませんけど、一般的には次のような類似的な意味合いが適当とされているようです。。。
この中で最も同義的な意味合いの「自己中心的(自己中)」と「自分善がり」との間で、明確な違いがあることについてこれからお話していきたいと思います。。。
これはすでに気付かれている方が少なくないかもしれませんけど、自分善がりは性格というよりも人間以外の動物でも普通に持っている「生存本能」がその起源であって、後天的に発現する次元では語れないということです。🧠
ここでまだ生まれて間もない赤ちゃんを例に挙げると、幼児期ではそもそも周囲の状況を把握するために必要な脳機能が未成熟のため、自分という存在だけに自然と意識が集中することになるんです。👶
特に人間の赤ちゃんの場合は更に深刻で、今目の前にいる親は言語でしか自分を理解できないことを肌で感じ、同時に自分の欲求を正しく伝える術がないことを自覚しながら、自分の想いが理解されずその歯がゆさと情けなさのような憂(うれ)いの高まりとともに、今できる唯一の意志疎通の手段として声を張り上げ泣き叫び続けるというわけです。😭
この状況下ではすでに赤ちゃんの頭の中は「自分」のことでいっぱいになっていますし、自分の欲求が果たされないかその対象が別方向に背けられない限りは、いつまでもその憂いが心の奥底に沈み込んで蓄積し、その深層心理は身体が発達していく中でも負の残像として定着してしまうと考えられています。💔
つまり自分善がりとは、こうした自分の存在や欲求を他に認めさせるための本能的な機能のひとつで、周囲の状況などお構いなしにただ自分(●●)だけに囚われ続け、自分の欲求を半ば強引に満たそう(果たそう)とする心理そのもので、それが自分にとって生きるために最低限必要な手段として、人間なら誰しもが持っている先天的な「生存本能」そのものなのです。💪
さて一方の「自己中心的(自己中)」についてですけど、その特徴的な違いは"周囲の状況が関係してこそ初めて意味を成す"という点です。💡
例えば地球と月、太陽と地球の関係と言えば分かりやすいかもしれませんけど、月は地球を中心に周回していますしその地球は太陽を中心に周回しているように、自分を中心として認識するために必要な、周りに取り巻くモノがなければこの言葉は成立しなくなるということなんです。🌀
つまり自己中心的な発想は常に周囲の状況を意識することで発現し、自分がその中心にいるという優越感に高揚し、その環境を自分の意志によって自在に操るという自惚(うぬぼ)れやおごりをその根底としていることからも、これは周囲の状況を把握できる能力の芽生えと共に後天的に備わった個々の性格と言えるでしょう。🧐
ちなみに自分本位や自分本意についても、自分の明確な立場や思想が周囲に正しく理解されて初めて成立する言葉ですし、独りよがりや独善的についてもほぼ自己中に近い意味合いで、自分勝手や身勝手についてはこれら全体を総称する形容的な表現として使われる言葉ですので、自分善がりの本質とは次元の違う言葉の位置づけになります。🤔
ところでまだ子供でしたら自分善がりな振る舞いを"駄々っ子"として素直に受け止められそうですけど、大の大人になってからの自分善がりとなるとそのままでは世間に通じにくいですし、その多くは静かに心を押し隠したり閉ざしたりして他人に悟らせることはないのかもしれません。😞
そうして互いの妥協点を静かに見出しながら、共存・共生の道へとたどり着くことができるほとんどの人は、我慢という自身の心の炎症反応を鎮(しず)める方法をすでに体得できていることになります。😘
ただその一方で少なからず我慢が苦手だったり、良くも悪くも我慢という概念を知らず自分善がりが当たり前な世界の人がいるのも事実で、これまで苦労を重ね我慢することを体得できている人から見れば、一見何不自由なく恵まれた人生を謳歌しているかのように羨ましくさえ思えるかもしれません。💰
でもそうした世界の人であればあるほど自分善がりはある意味自身の存在そのもので、それが自ら制御できない状況下においては他者からのちょっとした意見の相違でも、まるで自分が激しく否定されたような感覚に囚われるとともに、そこで確信した自分への侮辱に対して俗にいうキレる(●●●)という逆恨み現象が発現し、それもまた自身で制御できないという悪循環に陥りやすくなります。😡
こうして我慢ができず自分善がりが当然の世界にいる人がたどる道は、その途上で人を人として感じられなくなることから、力による恐怖を植え付けるか信じる心を欺くことで、自分善がりな本能たる業を強制的に押し通し支配するというものです。😱
ということで話がやや脱線気味になりましたけど、自分善がりな本能を人は我慢という方法で制御できるということと、そもそも我慢の概念を知らず自分善がりな本能が満たされて当然の世界の人がいるという事実は、今もなお続いているこの世の現実として知っておいて損はないと思います。💦
そしてこれこそが自己中では語れない自分善がりの意味の本質ということを。。。