ここ最近になってニュースなどで盛んに取り上げられるようになってきた、日本企業のコンピューターシステムへの不正アクセス問題なんですけど、その原因はどこにあると思いますか?🤔
私個人は仕事柄、かつて政府関連事業と大手通信事業のシステム部門に属していたこともありまして、当時の基幹システムが管理・運用されていた内情を知る一人なんですけど、そうした実情を知る由もない多くの一般ユーザーからしてみれば、膨大な個人情報の流出によりその眼がシステム管理者側の落ち度として向けられてしまうのも仕方ありません。😡
これまで日本企業への不正アクセスが認められた件数は、今年に入ってすでに600件を超えているということに加え、特に先月からの不正アクセス数が爆発的に増加してきていることからも、これまでも少なからず起きていた不正アクセスに対する教訓が全く活かされておらず、システムの安全性を無視し続けていた事実が、今回白日の下にさらされたと言わざるを得ないでしょう。😭
昔から言われていることの一つに、コンピューターシステムに関する技術を正しく理解し、深く携わることができる才能を有する適性率は全世界人口の30%程度とされ、その他の70%はほぼシステムから疎遠の存在であるという説があります。
また曲がりなりにも先進国と言われる日本が世界から酷評されている"デジタル後進国"というワードは、あながち揶揄(やゆ)でも的外れでもないどころか、日本社会の実情を的確にとらえているシンプルな表現に他ならないものです。
これらが意味するものは、日本の企業体質そのものがコンピューターシステムの理解に疎いことから、現代のネット社会基盤の中にあってもなお本当の存在価値を見出すことができず、ある意味マイリノティーとも言える貴重かつ希少なシステム技術者に丸投げという古い職場体制の継続を示唆しています。
利用者から委ねられた個人情報を管理・運用する企業において、今やシステムの重要性は企業価値そのものに匹敵するほど高名(こうみょう)であるべき存在です。
そしてそれはシステムの維持・管理を任されている技術者にとっても同様であるべき…というのが世界の常識であると思いたいところなんですけど、こと日本の企業においては上記の理由からシステムの価値観が軽視され、儲けを優先するあまり技術者を含むシステム分野への投資を極力控えるという、実に本末転倒な致命的問題を抱えています。
もちろん確実に「何も起きなければ」システム監視オペレーターを少人数配置するだけで十分かもしれないけれど、もし「何か起きたら」今回のような不正アクセスを容易に許し情報漏洩にまで至らしめてしまうのも想像に難くありません。
その一方高度なシステム技術者を配置すれば、「何か起きたら」という状況が発生することを見越し事前に適切な対策を迅速に施せるので、知識のない外者からすれば一見仕事をしていない、または稼働率が低いかのような印象を持たれてしまい、もしそれが経営者だとしたらあっさりと予算を削られてしまうことにもなりかねない…これが儲け主義に傾いた日本企業の現実なのです。
こうしてみると現代においてシステム技術者の存在は、言い換えると「企業イメージの保険」と表現できるのかもしれません。
なぜなら一度でもランサムウェアや個人情報漏洩の事実が巷に広まれば、企業の信頼・信用は一瞬で総崩れすることになるのは明らかで、それでもいまだに生き延びられる企業がある背景には、そもそもリスキーなシステムそのものを正しく理解できない70%の日本国民の"おかげ"でもあると言えそうです。
ただそれでもシステム技術者に保険をかけるためには推奨条件があって、それは技術の高さ以上に誠実な人格で自分善がりな振る舞いをしない人材であるということです。
自分善がりな人(詳細は過去記事自分善がりの本来の意味が自己中とは次元が違う理由を参照)は簡単に言えば「楽に私利私欲を満たす」のをモットーとしている人のことで、そうした人材が"誰も寄り付かないシステム部門"に配置されると、そこに土壌を造りシステムを我が物顔で操る余地を与えてしまう可能性があるのです。
もちろんそれは実際に働いている姿を目の当たりにしなければ分からないかもしれないけど、それでも早々に見切りをつけられる方法があることをご存じでしょうか。
一般常識としてシステム技術者はセキュリティーに対して常に敏感であるべきです。
本来であれば与かるシステム全体を完全に熟知し、関連する周辺機器の仕様・機能もすべて把握して初めて、「何かあったら」への的確かつ迅速な対応が可能になるんですけど、システムの規模次第で実際にはそれをしたくても難しい人一人の能力限界と、時間的・費用面での逼迫(ひっぱく)という現実問題もあります。
それでもまだ規模に応じて必要な人員を動員してくれるのなら、そこに時間的な余裕が生まれ現状システムの必要な知識を得やすい環境に近づくんですけど、実際には上記の理由からシステムの規模にそぐわない(最低限1人だけ)ような動員状況も珍しくないようです。
このように管理する既存システムへの理解度が低く、あたかも社内で虐(しいた)げられているかのような孤立感漂う環境下で自分善がりな人が次に思いつくのは、いかにしてこのストレスから逃れつつ楽に存在価値を維持できるかを模索し始めることです。
本来必要なシステムや機器の脆弱性に対し常に前向きな人材の場合では、普段の日常生活においても物事のリスク予期に余念がないことから、必然的にシステムセキュリティーへの関心度も高く、業務上OSや機器メーカーが発行する修正パッチの対応も的確かつ迅速で、今回のような「何かあったら」という状況がまず起きない堅実な運用体制をとります。
その一方で自分善がりな人材の場合では、今あるエゴを失うことを嫌うがゆえに、修正パッチの存在を知りつつもそれによりシステムが不安定になることを懸念し、最終的に極力余計な手間暇をかけず現状維持を最優先することで自己の保身を図り、その結果システムの脆弱性が長期間野放しになる運用体制がとられることになります。
そこで必要になってくるのが、常態化した運用体制の違和感にいち早く気づき、目標とする堅実な運用体制へと誘う第三者機関の存在です。
なぜ第三者機関が必要なのかと言えば、万が一問題が発覚した際に同じ部署レベルや担当レベルでの隠ぺいや改ざんを防ぎ、公平・公正な現状分析を可能とする情報の透明性を確保できるのが最大の利点です。
そして第三者機関による検証手法として最適なのは、脆弱性探しに特化したAIの能力を最大限に利用することで、現状の運用体制における問題点を根こそぎ洗い出せるというものです。
その結果が白日の下に晒された時、これまでシステム管理部門と技術者が築いていた運用体制のあり様が露になるだけでなく、本来あるべき堅牢な運用体制の指針が示されるのもそう時間はかからないでしょう。
もしここまで読まれた人の中に、まるでシステム技術者=リスキーな存在であるかのように、過ったとらえ方をされている人がいましたら、それは私の書き方がよくなかったようです。
いずれにせよここではっきりしておきたいのは、純粋にシステム関連の技術に惹かれてこの道に入った人のほとんどは、本来人一倍誠実で精細かつ柔軟な気質の人であることも確かで、これがシステム適性人口率30%という集約説の起源かもしれないということなんです。
だからこそ特にシステム依存の強い企業は、仕事の性質上多少理解し難くても同じ屋根の下での大切な家族や仲間として触れ合い、絆を深めていくという人間関係の基本原則に準じることで、その恩恵として知識豊富な技量を惜しみなく発揮してくれることでしょう。
またその一方で、高額な報酬への対価に期待を寄せるだけの機械扱いと印象付けてしまうと、時にはその反動として大きなしっぺ返しを食らうことになりかねないかもしれません。
そして今や安定したシステムなき企業は淘汰される時代にあって、システムの安全性が企業イメージの価値と同等の存在になりつつあるのも事実ですし、その大切さをリアルに教えてくれているのが、今頻発している不正アクセス事件であるように思えます。
この一連の事件により企業システムを与かる多くの管理責任者におかれましては、連休返上で安全対策の拡充に悪戦苦闘している光景も目に浮かんでくるんですけど、これを自身の至らなさの嘆きと前向きな学びとして真摯に受け留めるか、"余計な事をしてくれた"ことへの怒りと割に合わない作業への憤りから仮想敵を生み出すかによって、これまで職場でどのような扱いを受けてきたのかを窺い知ることになるでしょう。
残念ながらいわゆる失われた30年間を過ぎた現代においても、日本企業の多くは今なおコンピューターシステムや個人情報の本当の大切さを理解できていないようです。
今でこそ日本の企業体質の影響により損なわれているシステム技術者の本領ですけど、これから各社がシステム運用の大切さを本気で考えられるようになれば、今度こそ世界一のコンピューターセキュリティー大国として君臨できることは間違いないはずです。
これからもますます日本企業への不正アクセスは増え続けるようですけど、この挑戦を完全に跳ね除けることができた時、きっと日本の何か(●●)が確実に変わっているはずです!