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詐欺で被害に遭わないために最も有効なテクニックとは -その4-

2026/07/21 08:00 公開

こうして泥棒が警察に捕まると信じていた時代もありました
こうして泥棒が警察に捕まると信じていた時代もありました

 前回のシリーズでは、特殊詐欺が新たな非公認(●●●)ビジネスとして、社会の中に君臨し始めていることを危惧した内容をお話しました。😞

 それにしても今までこのような詐欺犯罪は、少なくてもこの日本ではほとんどニュースになっていなかっただけでなく、そもそも嘘をついて人を騙し公然と他人から金銭を奪うという発想から縁遠い国民がほとんどだったのも、世界の中でひときわ特異的な日本の社会事情があったからなのかもしれません。🗾

なぜ日本が特殊詐欺の格好のターゲットになっているのか

 世界全般的に日本人は詐欺やスリのような、日常の中に潜むさり気ない悪事にめっぽう弱い性分として知られているんですけど、それには日本ならではの国民性と社会的慣習が大きく関係しています。

 そしてその代表的な理由の一つに「嘘つきは泥棒の始まり」という、多くの日本人の心に根付いていた暗黙の深層心理があります。

「嘘つきは泥棒の始まり」の本質について

 嘘…これは多少なりとも誰もが体験しているように、何かしらの意図を持った上での行為であり、これによって得をする者と損を被る者に分かれるというのも周知の事実です。

 嘘は現実の中にある非現実な日常の一つで、多くの場合そうした嘘を現実として信じた途端、その人の脳裏には今まで現実と認識していた"状況"に対し、現実ではない空想現実の発現と共に"状況"が上書きされることで、それをあたかも現実に起きているかのように再認識してしまうという、人間や他の動物が持つ認識力の脆弱性を利用するものです。

 嘘により現実を捻じ曲げ信じさせることで、自分善がりな者は楽をして私利私欲を満足させることもできますし、その一方では人を大切に想い慕うからこそその人を安楽に繋げるために利用することもできます。

 でもやはりその多くは自分善がりで私利私欲を目的とした、本来人としてあるまじき手段として利用するというもので、それにより成功した者は餌食となった被害者の存在すら顧みようとせず、結局のところ騙された者が悪いという自己暗示に納得しながら、欲望達成への満足感と高揚感と引き換えに人間性を失っていきます。

 そしてまた嘘によって被害を受けた者にとっては、社会生活の中で自身が大切にしてきたモノを奪われることになり、その後の日常に支障をきたすようになるのも想像に難くありませんし、その中で最も残酷に思えるのは人を信じる心(●●●●●●)さえも奪われてしまうということです。

日本人が騙されやすい本当の理由

当時多くの日本人は「信じる心」で満ちていた…(マーガレットの花言葉より)
当時多くの日本人は「信じる心」で満ちていた…(マーガレットの花言葉より)

 時は第二次大戦後の昭和の時代に(さかのぼ)るんですけど、まだ今のような世界との交流に乏しかった頃の日本は、戦時中生きるために死に物狂いだった苦境を経験した様々な人々を通じてその憂いが受け継がれ、「他人に迷惑をかけない」という強い思念の下でもはや「我慢」や「忍耐」を辛いとすら感じない国民生活が当たり前となっていました。

 そう、当時の日本人は「我慢」や「耐える」という慣習の中で生活し、それがいつしか「思いやり」や「信じる」という人間性を育ててくれていたように思います。

 そしてそうした思想は家庭や友人・知人など、人と人とのつながりの中で共有されていくこととなり、それが職場や学校のような集団生活の中でも重んじられていたことは言うまでもありません。

 このように当時の昭和という時代の国民は"お互いがお互いを思いやる心"を宿した、いい意味で"人間性にあふれた気質"を持っていて、また一方では"お互いを暗黙的に信用する"といういわゆる性善説的な気質も兼ね備えていました。

 こうした"お互いがお互いを思いやる心"と"人間性にあふれた気質"によって、「人と人とが信じ合える」社会生活の営みが自然と(はぐく)まれ、その結果として良くも悪くも人への警戒心が薄れていたことも確かです。

 もちろん今でも、こうした性善説的な慣習を自然な姿としている多くの日本人がいるんですけど、今般世界に向けた日本の観光事業展開は元より、それ以前からこの特異とも言える警戒心の薄い(●●●●●●)日本人気質が格好の餌食となり、今や世界一の特殊詐欺被害大国にまで上り詰めるほどになりました。

 ちなみにこうした日本人を「平和ボケ」と皮肉る声もあるんですけど、このご時世でもこうした声が消えない止まない訳を考えてみると、他の諸外国との根本的な特異点が見えてくるかもしれません。

更にデジタルという名の難題が追い打ち

 世界から見た日本は残念なことに、先進国でありながらデジタル最貧国とまで揶揄(やゆ)されるほど、他の先進国に比べ日本人一人当たりのデジタルに関する知識が圧倒的に不足しているようです。

 これは今ではもはや生活の必然になっている、インターネットありきの日常生活を送るすべての日本人に言えることで、スマホやパソコンをまるでテレビのようなブラックボックスとして、何も考えずただボタンをクリックし情報を受け入れるという"受け身前提"で使っているからこそ、その裏に潜んでいる根本的な嘘のカラクリに気付けないのかもしれません。

 現に特殊詐欺の多くは従来の電話以上にスマホとインターネットを利用しているもので、特に偽装サイトによるフィッシング詐欺の被害については、更に甚大な影響を受けることも少なくありません。

 多くの人はデジタル技術そのものを知る必要はないけれど、とは言えスマホやパソコンをテレビと同等に考えているのはとても危険ですし、実際に発信されている情報についても、片や国の法律で定められているテレビの情報のあり方と、言論の自由の下個人でも意図的に作成できる情報のあり方との違いは明確に切り分ける必要があります。

 そしてデジタル最貧国と揶揄される主要因となっているのが、インターネット上でサービスを提供している企業内体質がそもそもデジタルに脆弱で、外部からの攻撃によりサービス停止に追い込まれたり、管理している個人情報を抜き取られたりするなどの障害が発生した事例数が、先進国の中でも日本が突出して多く継続している点を問題視しています。

 そんな日本でもいよいよ本格的に国産AIの開発へと乗り出そうとしているんですけど、できることならその間に並行してデジタル最貧国の汚名を打開するための奇策を講じておくべきかもしれません。

 最も大切なことは利用する国民が"正しく操作"できるようにするだけではなく、"正しく理解"できるようにすることが必要不可欠であり、そのためにはこれまでの学校や企業などの教育機関体制そのものにメスを入れ、一定の再構築さえもいとわない改革的素養体質が何よりも重要ということです。

 相手が人間であれば嘘を見抜けるチャンスはどこかに必ずあるけれど、感情のないマシンAIにとって人が見抜けない嘘を生成することなど造作もないのですから。。。