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力による平和って本当にあるの!? -その4-

2026/06/09 08:00 公開

国家・地域は国旗で存在感と威厳を明確にアピールしています
国家・地域は国旗で存在感と威厳を明確にアピールしています

 これまでお話してきたように、いまだに繰り広げられ続けている人類間の戦争の主原因としては、元々人が誰しも持っている自分善がりな潜在的本能をはじめ、主にスポーツエンターテイメントを通じて「力」の優劣に強くこだわる人の自尊心が一段と(あお)られることにより、自身の思想や思惑を強引な「力」で満たそうとする欲求の異常な高まりが大きく関与していると考えられます。

 それに加え更にこうした異常さを一層高めるものが、自身がもっとも大切に思っている物事を侵害されたことによる自己防衛本能の発現です。

第一章 第三節:大切にしているモノが奪われ失われることへの恐怖

 今あなたには何か大切なモノがあって、それを常に守り続けたいと思っていますか。

 この世の生物のほとんどにとって最も大切なモノとは自分の命であり時間であり、それを本能的に守り続けていることは通常あまり意識していないごく自然な行為です。

 そして人類に焦点を絞れば人間社会という独特な環境の中にも、自分が生き抜く上で大切なモノが別にありそれを守り続けるという心理が働いています。

 この人間の集合体である社会は、広い意味で自分以外の人間との共同生活であるとも言えますし、そこには常に自認(●●)という他人から見られることへの自意識が覚醒しています。

 この自意識とは主に「地位」や「権威」・「存在価値」など、社会の中で自分を確立させている「プライド」として抱いているもので、それはこの世界を生きる上でのモットでありポリシーとして秘めているものと言えます。

 また第一話でもお話した通り、こうした自意識は一人一人の立場(●●)によって大きな違いが生じるものであり、同じ国という枠の中でも政治家や経済連合など"国家を主導する立場"の者たちと、そこを生活の場としている民間人など"国家に主導される立場"の者たちとでは、その意識下にあるモノが根本的に異なっています。

 つまり"国家を主導する立場"の者たちにとっての自意識には、国家を維持・存続することがモットでありポリシーとしてあり続けるべきもので、それこそが自身にとって絶対的な存在意義であり存在価値そのものです。

 その一方"国家に主導される立場"の者たちにとっての自意識には、主に生活空間の自由度を軸とする快適性や利便性を有した、各々の平穏・安寧の維持または更なる向上への懇願が大きなウエイトを占めていて、この継続性の是非こそが事実上の「平和」への証となっています。

 こうして一人一人の自意識が実社会の中で常に安定していれば、多少の相互認識のズレがあっても単なるいがみ合い程度で時間と共にいずれ忘れ行くだけなんですけど、ここでもし"自意識を大きく傷つけられる事態"が発生した場合どうなるでしょう。

 "自意識を大きく傷つけられる事態"…これには自身が常に大切にしているモノへの誹謗・中傷行為や差別・冒涜(ぼうとく)行為、また破壊・()損行為や略奪・侵略行為など、多くの発生要因が人間社会には常に蔓延(はびこ)っているわけで、その中には時として自身の生命に関わる事態へと発展することも珍しくありません。

 ここで「戦争」すなわち国家間紛争に話を戻すと、これは言うまでもなく"国家を主導する立場"の者たちの意志が引き起こす事態であり、その立場の者たちのモットーや存在意義としている国家存続の安定が、他国の意志によって奪われ喪失するという危機意識の表れであるのもまた事実です。

 これは一部の愛国心あふれる"国家に主導される立場"の者たちも含め、自身の最も美徳とする大切な自意識に対する外界からの著しい攻撃として受け止められることから、相手を外敵として認識すると同時に人間の持つ自己防衛本能が発現し、実社会に対し自意識の誇大さを強固に知らしめるという、いわゆるプロパガンダにより周囲を翻弄(ほんろう)することになります。

 そしていざ「戦争」状態ともなれば互いの名誉と威厳の削り合いへと移行し、もはやそこに生きる民衆の生死には目も届かなくなり、当事者自身の自意識が喪失していく恐怖心に苛まれ続けるという悪循環に陥るのです。

 このように国家の存在が世界に誇る最大の権威を委ねている以上、"国家を主導する立場"の者たちの脳裏には常に自国を守る自意識を最大の名誉として焼き付けていて、外敵により当事者の最大の名誉が奪われ失われそうになった時、そこに生み出された恐怖との対峙こそまさに「戦争」行為そのものと言えるでしょう。

 しかしここで最も肝心なことは、"国家を主導する立場"の者たちが"国家に主導される立場"の者たちを、単に国家を形成している土台(●●)の一部として認識しているかということです。

 それは"国家を主導する立場"の者たちが著しく名誉を侵害されたことで「戦争」を考慮する段階になった時、有事の際最も過酷な状況を強いられるであろう"国家に主導される立場"の者たちを(しの)び重んじるか、それとも本来あるべき名誉を自分善がりな思惑で上書きしてしまうかで、その国本来のあり様がそのまま世界に露呈されることになるからです。

 人間なら誰しも普段から大切にしているモノが奪われたり、失われていくことに少なからず挫折感や失望感が伴うものだけど、国家を主導するような社会的に最高位の立場であっても人間であることに変わりありません。

 更にはその強大な立場と責任ゆえに、一度でも挫折感や失望感が芽生えた時点で国家としての死であり、その存続に全てを捧げた主導者たちも存在価値を失うことから、そうした状況を断固として拒み続けながら、いつしか人の許容限度を超える異次元の恐怖心と虚栄心との葛藤に苛まれ、挙句の果てには脳内が暴走状態へと誘われることになります。

 そして同じ人類から生み出されるこうした"ラスボス"を、いまだ人類は正しく留まらせる知恵を持てないままでいるどころか、あまっさえそれに乗じて漁夫の利を得ようとさえする現状こそ、人類最大の悲惨さであり未熟さの象徴と言えそうです。。。