前回は騙しのテクニックとその意義について、魚類のあんこうによる餌場での振る舞いを例に挙げ序章としてお話しました。🐟
きっと記事を読んていた時人間であるあなたは、そんな単純なトリックに引っ掛かるわけがないと高をくくっていたかもしれませんね。🤪
確かに人間には他の生物にはない高度な知能に恵まれているけれど、人間社会というこれまた他の生物にはない特殊な世界の中で生きていると、時としてトリックには全く思えない精巧な偽装現実(●●●●)と出遭い、あなた自身一切疑うことなくそれを真実として受け入れてしまうという巧妙さもまた、高度な知能を持つ人間ならではの特技なのですからね。😎
この問いについて正確に答えられる人はこの世に誰もいないでしょう。
なぜならみなこの世に生を受けた同じ人間だからです。
人間は騙そうとする意志を持って嘘をつくことは誰にもできるし、そうした意志を持った嘘によって騙されるのもまた人間ならではのこと。
騙そうとする意志を持たない嘘は冗談として笑い過ごすこともできるけど、騙そうとする意志のある嘘は時に相手の人生をも支配できる危険性を持つもの。
これについて最も分かりやすいのは、イソップ童話が発祥の「金の斧・銀の斧」に描かれている内容を深く理解することです。
正直な木こりが誤って自分の鉄の斧を湖に落としてしまいます。困っていると水の女神が現れ、まず金の斧、次に銀の斧を差し出して「あなたの落とした斧はこれですか」と尋ねます。木こりはどちらも自分のものではないと正直に答え、最後に鉄の斧を示されて初めて「それが自分の斧です」と答えます。女神は木こりの誠実さを褒め、三本すべてを与えます。それを見た欲張りな木こりが金の斧欲しさに「それが自分の斧です」と嘘をつくと、女神は怒り彼の斧は戻ってきません。
この童話の内容から分かるのは、騙そうとする貪欲な意志のある嘘が明示されていることと、すでに真実を知っている女神がそれを悪意ある嘘と見抜いていることです。
またその一方で初めから騙そうとする意志のない者の行為には、それが真実をありのままに伝えている自然な状況と捉えられ、人本来の価値を認めたことによる褒美として与えられています。
このように人を騙そうとするには本人の意志が不可欠であることと、そもそも騙そうとする意志がなければそれが非現実の嘘だったとしても嘘とは捉えられず、相手にはありのままの自然な状況として受け止められるのです。
もちろんこれは相手がたまたま"すべてを知る女神"だったというお話であって、現実の世界ではそうそうある話ではないことも当然分かると思います。
ただ肝心なことはここで言う"すべてを知る"という感性(●●)こそ、詐欺被害を未然に防ぐことができる唯一無二の卓越したテクニックということなんです。
とは言っても多くの人にはそれこそ「神のみぞ知る」であるかのように思われがちなんですけど、意外にもこれは特別な神ではなくてもできることだったりもしますし、元々人間なら誰しも備わっている部類のものでもあるんです。
ヒントは"すべてを知る"という感性(●●)であって、知識(●●)ではないということ。
そしてあなたがこれを"それこそ「神のみぞ知る」"と思っている心理にも理由があるんです。。。