ちょうど一週間前になりますけど、日本で九州地方の熊本県西部を中心にマグニチュード7.1の大地震が発生しました。
それにより現地では家屋の倒壊やライフラインの寸断などによって、残念ながらまたしても多くの被災者が生み出され、すでに一万人近くの住民が避難所生活を余儀なくされています。😔
最近は世界的にも最大震度7など非常に大きな地震が多発しているようですけど、日本に限っては建築物における耐震性の高さが幸いしていることもあり、現時点で判明しているところでは倒壊した家屋が比較的少なかったことと、それにより亡くなられた方の数も40人弱程度に留まっていて、諸外国からみればまさに奇跡としか言いようがありません。💓
このように日本の耐震技術においては世界トップクラスであることは言うまでもありませんし、特に諸外国のように陸続きの地域では犠牲者の多くが建物の倒壊によるものであることから、生命遵守の意味合いからもこの技術は積極的に全世界へと大いに共有すべき価値があると思います。🌏
とは言え、地震大国日本が誇れるのはそれくらいなもので、まだまだ立ち遅れている点も多々あることは事実ですし、何より被災者に向けた効果的かつ効率的な支援方法がいまだに確立されていないのは、災害大国日本として明らかに不自然で疑問の余地があるところです。😑
地震に限って言えばそもそもいつどこで起きるのか分かりませんし、もし被害が発生した時にはまずその地域を管轄する自治体が真っ先に動くことになるわけですけど、現代の情報網をもってすれば瞬時に政府首脳陣の耳に入るのはいたって自然なことです。
そこで最も重要となるのは、把握した情報を基に迅速かつ的確に対応いかんにかかってくるわけですけど、これまで日本政府自らが積極的に動き適切に対処できたのは、あの東日本大震災の時の民主党政権時代のみと言われるほど、そのほとんどが自治体への指示頼りに尽きているということもあり、現場に対する災害意識に欠けた国の危機感の甘さが浮き彫りとなっています。
地方の自治体が行えることと言えば、状況把握と国への報告以外にも避難場所や医療関連の確保と外部への応援要請が挙げられますけど、それは自治体の機能が正常に稼働できていることが前提ですし、そもそも各地域の自治体が有する稼働性がマチマチであるために、被害の規模に対する余力度に応じた支援の手段が自ずと異なってきます。
また地形的な違いでも大きく差異が生じることもあり、熊本のような平野地域で交通網が複数あるところと、例えば能登のような山岳地帯で交通網が限定されるところとでは、支援物資の輸送効率に圧倒的な違いがみられます。
自治体の初期活動にはほぼ短期間を維持する余力しかないために、長期間の避難を強いられる場合には地域性が持つ優劣の違いをどのように補間していくのかが重要になります。
今回の地震は真夏に起きたこともあり、今般の地球沸騰化たる気候変動の影響をまともに受けている中での惨事と言えます。
当然のことながら自治体の力では自然環境を変えることはできませんし、これについてはただ空調物資の支援頼みになることは仕方のないことです。
それでもこの状況下で10年前の教訓を生かした迅速な対応が行われていることは、何より当事者だけでなくそれを観ている私たちにも一応の安心感につながりますし、明日は我が身という想いから自治体を応援したくなる気持ちも自然と芽生えてきます。
このように災害時、初期段階で自治体ができることは本当に限られているのです。
そして日本という世界有数の地震被害大国だからこそ、国家レベルで真摯に被害情報を迅速に把握して間髪を入れず、自治体にはできない圧倒的な支援の手を差し伸べなくてはなりません。
でも現実にはほぼ自治体や民間ボランティア任せになったままでいるようで、初期対応の遅れによって被災者の避難期間が更に長期化することになり、災害関連死という本来あってはならない亡くなり方ですら起きているのが現状です。
結論から先に言えば、日本は古くからほぼ東京一極集中的な経済運営を司っていることから、特に東京から離れた過疎地方に関しては腰が重いのが現状だからと言えそうです。
このことは地方の問題と誠実に向き合えるだけの財政的余力がないとも言えそうですし、何より国民の命を重んじるという本来あるべき国家の姿が薄らいでいることが、国民の目に安定感と信頼性に欠けたこの日本のあり様として映る原因の一つなのかもしれません。
つまりは現実問題として国家に直接的な悪影響を及ぼす事態とならない限り、自ら重い腰を上げてまで支援や解決に尽力することが難しい政治体質であるということです。
この夏には早々にフランスを中心に異常な熱波が襲来して、地域的にも冷房機器が設置されていない住居がほとんどということもあり、熱中症で多くの方々が亡くなられたことが伝えられていました。
この惨状に対しフランス政府では、国家戦略として「冷房対策」を位置づけ、公共機関の冷房設置義務化や、低所得者への冷房機器補助支援など、法改正を含む国家主導での政策を打ち出したと聞いています。
このように本来あるべき国家の姿とは、国民の生命にかかわる事態が発生した時、いち早く事態の鎮静化に向け効果的対策を探り出し、それを国家主導で実践し国民を守る姿勢を示すことが重要で、それにより更なる信頼の連鎖へとつなげることになるのは言うまでもありません。
こうしてフランスが国民への誠実な姿勢を表した一方でこの日本ではどうでしょう…日本政権が創られてから地震災害だけでも数多くの犠牲者を出し続けてきたにもかかわらず、いまだに災害時専用の機能的な避難施設すら設けられていないだけでなく、人命救助に向けた積極的な姿勢も見い出せずただ貴重な時間が過ぎるばかりというのが正直なところです。
こと地震に関しては、被害の範囲や程度に多少の違いこそあれほぼ局所的ではあるものの、当事者一人一人にとってはまさに有事に匹敵するほどの過酷な生活を強いられるようになりますし、そもそも当然のことながらそうした状況下であることは"国の目"でも確実に認識できているはずです。
そしてこれまで認識できていたはずの災害事情については、もはや数えきれない程にまでなっているのは言うまでもないけれど、今もって自治体や民間任せの対症療法的な扱いで現実と真摯に向き合えていないところが、どこか"人命を軽んじている"ように捉えかねられない国家への不信感として国民の深層心理に宿ってしまうのです。
今では物価高と高税制で生活苦にあえぐ日本国民が全人口の半数以上になるとの試算もあるそうで、国家の勘所でもある税制管理と資産運用に悪戦苦闘しているけれど、当然のことながらそれだけが政府の仕事ではありませんし、そもそも経済と人命との尊厳の違いを考えれば自ずと目的とするトリアージが見えてくるはずです。
それによりもし国家が人命最優先の国家戦略と位置付けることができたとしたら、さすがに日本国民も安心して災害を受け入れられるとまでは言えないけど、日本に住む以上避けて通れない被災時を想う不安感を多少なりとも和らげることができると思うんです。
そのために国家としてできることは、災害時に必須とされる医療・救援活動をはじめ、人命の維持に不可欠な物資・設備の常備と搬入経路・手段の確立、人命の保護を継続するための施設の構築・管理など、最低限必要な被災現場救助・支援活動を一手に担うための精鋭組織を編成し、それらを迅速かつ適切に提供できるよう精巧なマニュアルを構成することです。
現実的には自衛隊内部にこうした専門性の高い災害救護部隊を設立し、災害発生時には間髪を入れず現場への救護活動に赴くよう指示を発出し、一秒でも早く被災者の救護に駆け付け的確に支援活動を従事できるシステムを常時整えておくことです。
これを例えるなら、あの国際救助隊「サンダーバード」の国内専用版のような、名付けて「神風特選救助隊」なんてどうでしょう!?
もちろんここまで言うと大げさ過ぎますけど、人命救助に特化した目的で組織されている国家規模の機関という点では同じですし、あのドラマでは様々な災害現場が描写されていることから、それぞれの状況に最適な救助方法を学ぶ上で多くの発見が得られると思います。
これまでの日本政権下では、最も大切な国民一人一人の人命を軽視し過ぎる路線をたどっていると言わざるを得ませんでしたが、今や少子化問題が深刻な経済不況の一端となっている以上、被災による更なる人口減少に歯止めをかけるためにも、災害大国日本として本来あるべき姿へと大きく舵を切る必要性を感じます。
そしてこうした日本の真摯で健気なあり様を観察する世界各国も、改めて人命の大切さを再認識するとともに、自国という囲いを守るのではなく人々の命を守るという、境界意識を超えた共感の息吹が芽生えたら素敵ですね。